人生の矛盾

3012626134_09fa773ec9人間は何かを求め、模索しながらいきています。

貧しさのなかでは必死になって豊かさを求め、今度はそうして得た豊かさに執着することで心を貧しくさせるところもあるでしょう。

きょうは敢えて、私たち人間の生活のなかにある矛盾についてふれてみたいと思いますが、少し鋭く、きつく感じるところがありましたらその点はご了承ください。

さて、私たちはこの世に生をいただいて何をするために生きているのでしょうか。

どこの企業も利益を追求することを由として会社は大きくなり、ビルは高くなる一方だけれど、いつのまにか当初の志は低くなる一方の会社もあります。

高層ビルに入ったからといって視野が広くなるわけではなく、高速道路を突っ走ったからといって人生の頂点にたどりつくわけでもありません。

ブランドに拘ったり、必要なものよりも欲しいものにお金をたくさん使ってはいるが、その割には得るものは少ない。

そうして物は買い漁ってはいるのですが、心からの楽しみと充足感は逆に少なくなるばかり。

誰もがマイホームを欲しくて一生懸命に働いて家は大きくなったものの、いつのまにか家族の絆は小さく細くなり、笑顔が消えていきます。

世の中はさまざまに便利になったにも関わらず、人々には時間が無い。

結局は自分たちが求めるものがたくさんあるから時間が足りなくなっているのでしょう。

いまの時代、大学、短大、専修、高専、専門学校を含めた進学率も全体で70%を超えるまでになり、学識のある人は増えたかもしれませんが、反比例するように、常識がある人、心の広い人、はめっきり減ってきているようにも感じられます。

医大生で精神を病んで相談にみえた方がいましたが、どんなに知識を詰め込み、学歴を重ねても精神バランスを崩して病んでいたらそれを活かすことはできません。

知識豊かであること、高学歴であること、精神を病むことと、心に偏りがなくバランスがとれていることはイコールではないということがお分かりかと思います。

社会はスキルの高さを求めますが、さまざまなジャンルにおいて、その道のプロフェッショナルと呼ばれる人も増える一方でありながらも、スキルだけでは問題は一向になくならないという側面もあります。

例えば、医療の世界においては、薬が増えたのに、病気がなくなるどころか逆に病気も多様化し、難病といわれるような病気が増え、改善する為に処方している薬による薬害や、副作用によって症状の悪化を訴える人が増える一方だというようにです。

動物ならば体重によって薬の量を調整する方法を獣医さんが取り入れているのですが、人間の場合は、年老いて体力も相当に落ちている老人にも、高校生のような若い子にも同量の薬、あるいは同種の薬を処方している事例を何度もみてきました。

私は薬剤に関する専門的な知識や資格はありませんが、来院する患者さんたちの中に副作用の強い薬漬けにされている人たちをみるにつけ、単純に考えても疑問をもつような処方箋が常態化している現実がみえてきます。

物事が前に進むということ、進歩するということ、調和がとれていくということは、その仕事のスキルだけではなく、人間性、徳性、器の大きさといったことが大きく作用するものだと思うのです。

健康ということに関して多くの人たちがアドバイスを求め、質問をします。

例えば、皆さんよく言います。「何を食べたら痩せられますか?」

「食べるなっていうの」そうすると笑います。

食べ過ぎの結果は栄養過多、カロリー過多でメタボの人口増。

今の時代、食べられなくて餓えて死ぬ人は殆んどいないでしょう。

ストレス解消だといって飲み過ぎ、食べ過ぎ、吸い過ぎ、浪費に走る。

それなのにほとんど笑うことはないし、毎日がストレスのなかにあって、ストレスを溜めない方法を心得ていない。

車に乗れば人格が変わり、スピードを出し過ぎるし、すぐに怒る。

夜型人間が増えて、夜更かしをし過ぎるあまり、朝起きた時にはすでに疲れている。

読書しなくなった分テレビばかり、ゲームばかりのインドアの休日、そして心を静寂にすることも知らず、ましてや自分の心の調和を図るなんて少ないか、ほとんど無い。

私自身はなるべくなら持ち物を減らしていきたいと考えていますが、たくさん物を持つ人は多く、その一方では経済の影響によって物の価値が目減りする。

人間関係を円滑にするという意味では会話は大事なのですが、おしゃべりが過ぎて自己主張する割には肝心なことは飛んでいる。

愛するということを滅多にしなくなって、いつのまにか愛を欲しがることが先立ち、果ては憎むことばかりが増えている。

私たちはどういうふうにお金を得るかという暮らしの立て方には必死になるのですが、真に生きるということを学んでいないでしょう。

医療の現場では延命処置による寿命が増えただけで、はたして真の意味で生きているとはいいきれないのではと思うのですがいかがでしょうか。

科学の進歩は目覚ましく、人類が月まで行けるようになったというのに、すぐ隣の人とは諍いをおこして新聞沙汰にまでなる。

こうしてみると、すべては自分より外の世界に目を向けて走るのが人間の姿のようですが、外側の世界を征服したところで、最も大事な私たちの内なる世界はどうなんだろうか?

世界規模でみると凄まじい発展ぶりで、大規模なことは成し遂げてきたけれど、本当に善いこと、人類の平和や調和は未だ達成されていないだろうと思います。

あらゆる電化製品の進歩は室内の空気を心地よいものにしたぶん自然や人間の魂までも汚し、原子核をも操作するに到ったが人間差別は一向になくなりません。

学生も、企業人も、家族も、望むことが多く計画は増えたけど、成し遂げられることは限りがあります。

生きることも、学ぶことも、会社人間も、教育も、すべてにおいて急ぐことばかりを覚えようとし、待つことを忘れていないだろうか。

子どもたちを枠の中にはめ込んで育てようとするあまり、いざ社会人になったとたん挫折を味わい、生きる希望を失い、自ら立ち上がる精神力さえ備わっていない。

多くの情報を抱えるべくコンピューターを作り、どんどんコピーをして情報収集はするが、書類で通達、伝達が増え、肝心のコミュニケーションは減る一方だ。

ファーストフードのおかげで早く食事ができても消化は遅く、栄養バランスが偏り、カロリーオーバーとなり、体ばかりがビッグサイズで人格は極めてミニサイズといったらお叱りをうけるかもしれません。

利益利益で人間関係は希薄で不利益

共働きで収入が増えた分離婚も増え、見た目ばかりの立派な家が増えたけれど、家の作りそのものが貧弱な消耗品化してきていると知り合いの大工さんが危惧する。

そして家の中の家族も、実際は崩壊に向かっている場合がすくなくない。

私の住まいは岩手山麓の自然環境のなかにあるのですが、残念ながら空き缶や食べかすなどをポイ捨てしていく車が後を絶ちません。

春と秋に沿道のゴミ拾いをすると、相当な量のビンや空き缶、雑誌、コンビニ弁当の空容器などが集まります。

手軽な旅行や登山を楽しむのは良いのだが、観光地や自然行楽地でのモラルはなくなり、迷惑を考えない人たちもいます。

毎日の治療を通じて気になることですが、肥満体の人が増えていて、太り過ぎの体を持て余し、そのことが原因となって病院に行き薬を多用し、死に急ぐことになる。

ほんとうの健康とは何かといつも考えさせられます。

決して身体だけの問題ではありません。

めったに街を歩くということはありませんが、それでも珍しく街に出るとショールームに物が溢れかえるなか、購買意欲をくすぐるようにあれこれと工夫をこらしてアピールします。

テクノロジーは素晴らしく発展していつでも私たちの手元に情報収集やメッセージの発信もできますが、読むも読まないも、また消すのだって、今や私たちの指先ひとつですべてが決まります。

便利ではあるが、恐ろしいところもある。

これが今の時代ということでしょうか。

131229kids-thumb-640x360-69519しかし、私は忘れたくない。

身近な人々に向ける心を。

そして未来のある子どもたちを育む心を。

この身の地上生命には限りがあるのだから。

いまこのブログを読んでくださっているあなたも忘れないでほしい、あなたを畏れ、頼り、敬う心を抱いている人たちにかける優しい言葉を。

何故なら、彼らはもうすぐに大きくなって、いずれあなたの元を去ってゆくときがくるだろうから。

忘れないでほしい、側にいてくれる人たちに温かな言葉をかけることを。

何故なら、それがあなたがもっている最大の宝であり、お金には変えられない光りの言葉だから。

そのときどうか、心をこめて今の時間を慈しむことを。

何故なら、いま目の前にいる人が、永遠にいつまでも目の前にいるとは限らないから。

話し合い、理解し合うため、そして思いを共有し合うための時間を大切にしなくてはならない。

人生は長く生きたからではなく、心臓の鼓動数にあるのでもなく、呼吸の数で決まるのではなく、どれだけハッとする瞬間、ひらめき、感動があったか、それを共有できたかで決まるのではないだろうか。

750年前に死去された鎌倉時代の僧、親鸞聖人が歌った詩ですが引用してみます。

この世のことは、そらごと、戯(たわ)ごと、真(まこと)あることなきに、ただ、念仏のみぞ、まことにておわします。

世の中には本当のことではない、うそ偽りのことがあり、真実といえるようなことがない。ただ、仏の心をもったときが本当の人間の真実である。

というところでしょうか。

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観童 の紹介

観童 ★特定団体、宗教団体への所属なし(但し無神論者ではない) ★飲食 好き嫌いなし。和食系。 ★腹八分目がモットーお酒とタバコは体が受け付けない。 ★パソコン歴(俗に言う50の手習い)日々悪戦苦闘 ★経歴、前科なし。 ★サラリーマンから自営業を経て42歳で整体師となる。 ★観身堂を開院 現在24年目、感謝です。 ★期するものがあり奉仕活動としてメールでの純然たる無料カウンセリングをおこなっています。(業務上のカウンセリングやブログ上での相談が多忙のため即日返信はできませんのでご理解お願い致します。) 『生きることの諸問題』 『老いていくことの苦悩』 『病気をすることの苦しみ』 『死に際しての不安』 『家庭内のトラブル』 『対人関係』 『うつ病』 『パニック障害』 『摂食障害・過食症 拒食症』 『宗教被害』 『霊能者被害』 『霊障』 相談に応じています。 お問い合わせは kandou0822@yahoo.co.jp ※ご相談に際しては、お住まい地域、性別、年齢、氏名(ニックネーム可)は最低限お知らせください。
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人生の矛盾 への1件のフィードバック

  1. ポポ のコメント:

    いつも楽しみに拝見しています こちらにはたまたま先月ネットサーフィンをしていてたどり着きました 色んな話がとても参考になり先生と同じようなことを考えることがすごく最近増え 迷ったときなど 先生の言葉を見て何が一番大切なのか何をいまするべきなのか前を向くきっかけにさせていただいています 勝手に親しみを感じております^^
    実は 今日 姪っ子3人と一緒に出掛けて、プールに行ったりご飯を一緒に食べたりしてきました 送ったあとに その子供たちは「母親にちゃんとお礼をいいなさい!」と言われてような感じで 私に後からお礼を言ってきてくれたのですが、当の母親からは何もなく。。。 お礼が言われたいとかではないのですが すごく矛盾を感じてしまい 親の本当の指導とは何なのかと思ってしまった今日このごろだったので 今回の内容を拝見して 心がほっと和みました  自分が感じたことを相手に伝えたほうが良いと思って今まで生きてきましたが、最近は 自分にも同じところがあると教えてくれているのだと思うようにしています これからも楽しみにしています
    いつもありがとうございます

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